地方測量之圖(じかたそくりょうのず)は葛飾北齋(1760〜1849)が1848年(嘉永1)に和算家で陸奥盛岡藩士、梅村徳兵衛重得の依頼により描いた江戸時代の測量風景です。図の左下に「応需 齢八十九歳 卍老人筆」とありますが北斎のことで北斎89歳、最後の版画作品と言われています。国立国会図書館所蔵であり同館HPから転載承認を得ました。(国図企090701001−1−315号 平成21年8月31日)
この図(錦絵)は検地のための測量風景を描いていますが、梵天や間棹、小方儀などを使って作業をしている場面は当時の測量の実態です。図中には「土地を量りて遠近広狭高低曲直等をくハしう知るハ国家有益の要務にして・・・」などと文章が書かれています。梅村重得の測量術の師、長谷川善左衛門(初代と二代目)を称え初心者に測量の実態を伝授するため作成されたようです。千葉県九十九里町小関の伊能忠敬記念公園内にある伊能生誕地記念碑にはこの地方測量之圖がタイル絵で描かれていますが伊能の測量がこの絵のモデルになっているわけではありません。
高き所を量る圖
「高き所を量る圖」は葛飾北齋の弟子であった葛飾爲齋によって描かれたものです。常陸笠間の藩士、甲斐駒蔵廣永による1852年(嘉永5)の著作「量地圖説」の挿図で、このような図は同書に多数見られます。甲斐も長谷川善左衛門(長谷川弘)から数学を伝授されています。[大矢真一:(甲斐駒蔵著量地圖説)解説 江戸科学古典叢書10 恒和出版 1978 解説p10]
またこの著作の校者は著者とおなじ常陸笠間の藩士、小野友五郎廣胖(1817〜1898)があたっていますが、小野はのち軍艦操練所の伝習生として江戸末期の水路測量で活躍します。