三角点は水平位置の基準になる点ですが水準点は標高の基準になる点で、やはり標石や金属標があります。主な国道や地方道にそって約2キロメートルごとに設置し水準路線という観測のための路線を構成し、その位置での標高を水準儀(レベル)で正確に測ってあります。水準点には一等、二等、三等の種類があり全国で約2万点あります。設置目的などによる分類では一〜三等のほかに基準、道路、準基準、交差点、渡海、験潮場附属、無号・固定点などの水準点があり点の記や成果表に記載されています。
三角点の水平位置は極めて正確に求められており、また標高も測ってあります。しかし標高のほうは水準点にくらべて精度が落ちます。三角点の標高は標石の+の窪んだところではなく平らな上面を標高値とします。水準点の標石は三角点と異なり上面中央が球分体(半球状)になっています。この頂点に標尺(スタッフ)をのせ観測するので頂上部が水準点の標高値をあらわします。測量の際に標石と標尺底面と接する面積を小さくすることで標尺の設置位置による誤差を小さくしているわけです。球分体が欠けている場合は正確な値を求めることはできませんが平らな上面で代用し球分体の高さ12ミリメートルを差し引けば、おおよその値になります。金属標の場合も円弧の頂上部が標高値です。
水準点も水平位置の座標(経緯度)が求められていますが測量による厳密なものは少なく地形図から座標を読み取ったものです。したがって水平位置の基準(三角点や図根点)としてはつかえません。
水準点が標石の場合は周囲に保護石を置いたり市街地や道路わきに設置する場合には地中に埋設されることがあります。地中に埋設された場合は石や金属などの蓋石(がいせき)で保護されます。また水準点標石には三角点標石のように盤石がありません。三角点の盤石は柱石が万一消失したときに復元するためにあります。水準点の場合は0.1ミリメートルまでの精度で標高値が定まっているため標石に異常があった場合は技術的に復元ができません。このような場合は前後の水準点を既知点として、あらたな測量が必要になります。盤石はありませんが基礎は強固にできており標準では地下1メートルのところに60センチメートル四方、厚さ36センチメートルのコンクリート基礎に標石の根元を埋めます。
初期の三角測量では三角点の標高は測量(算出)しなかったのです。日本アルプスの父といわれるイギリスの登山家、宣教師ウエストン(Walter Weston 1861〜1940)の著書にはつぎのように書かれています。
I found the damaged surveyor resting after his accident. From his account of his climb I gathered my own was likely to be interesting. When I asked him about the altitude of Hodakayama, he ccould tell me nothing -- he had only been using thodolite and compass, and a mercurial barometer or aneroid was not included in his equipment. [Walter Weston:Mountaineering and Exploration in the Japanese Alps. John Murrray, London 1896 p177]
例の負傷した測量技師が予後の静養にきているのに出会った。その経験談を聞いてみると、こちらも少しは愉快な登山ができそうな気がしてきた。穂高山の高さを尋ねてみたが、彼は知らなかった−−彼は羅針儀(コンパス)と経緯儀(セオドライト)を使っただけで、水銀気圧計とかアネロイド気圧計などは携帯していなかったのである。 [ウエストン、青木訳:日本アルプスの登山と探検 岩波 1997 p186]
ここに登場する測量技師は館潔彦(たてきよひこ)さんでウエストンと出会った2週間まえに前穂高岳で墜落負傷され、時期は点の記から1893年(明治26)8月のことと推察されます。しかし1917年(大正6)に定められた三角測量のマニュアル「一等三角測量實行法」では、つぎのとおりになっています。
三角點ヲ撰定セルトキハ空盒気壓計ヲ以テ其概高ヲ測ル可シ [陸地測量部 一等三角測量實行法 1917 p14]
気圧計は、おおよその高さを簡単に測るためつかわれますが海面上では高さ8メートルにつき1ヘクトパスカル低くなります。高さ目盛りのある気圧計を標高が既知の地点で合わせておけば10メートル程度の精度で直接、標高を知ることができます。三角測量で三角点の標高を測出しなかったのは一等三角点の測量をしていた、ごく初期の時代で二、三等三角点が未設置の状態では標高を求めるには無理があったからです。
三角点が地球上の水平位置(経緯度)を表す基準点であるのに対し水準点は鉛直位置(標高)を表す基準点です。別々に設置されているのは歴史的背景や用途があるものの現在は三次元で位置が求められるGPS測量が登場しており各国でも三次元基準点が検討はされているようですがGPS測量だけでは標高の概念が現在と大きく変わるので実現は乏しいとおもわれます。[大久保修平:地球が丸いってほんとうですか 朝日新聞社 2004 p86]
三角点の標高の求め方
地図をつくるには、まず三角測量により位置を決定します。はじめは一等三角点網ですから三角点間の距離は40キロメートル程度あります。これだけの遠距離になると地球の丸みや光の屈折により誤差は大きくなり三角測量(高度角測量)と計算で一等三角点の正確な標高を求めることは無理があります。一方、水準点のほうは直接水準測量といい短い距離(数十メートル)の2地点に標尺(スタッフ)をたて中間に水平に設置した水準儀(レベル)により標尺を読みます。既知点(A地点)の標尺の読みh1を後視、未知点(B地点)の標尺の読みh2を前視といいます。前視、後視の前、後の語は作業の進行方向とは無関係です。前視、後視の差から高低差h1−h2をもとめることを繰り返します。尺取虫といわれるように繰り返し測量するため低能率なのですが10分の1ミリメートルまでの、きわめて正確な標高値が求められています。観測精度は一等水準測量では1キロメートルの距離で2.5ミリメートルです。
そこで正確な一等三角点の標高は二等、三等三角点が設置されてから後に求めることになります。まず二等、三等三角点の標高を最寄の水準点から直接水準測量により求めます。このように新たに三角点の標高を求める水準測量を測標水準測量といいます。その後は三角測量の高度角観測によって順次、三角点の標高を決定します。この方法を高度角測定法とか間接水準測量ともいいます。三角測量の水平角観測では経緯儀で測標(櫓)の頂点に打った釘を視準しますが高度角観測では測標の4本柱の間に取り付けた覆板(ふくはん 横板のこと)の下辺を目標とします。測標を設置する際には4枚の覆板の下辺は同じ高さになるようにし三角点標石の上面からの高さを測っておきます。2点を既知点とする測量で標高を定めたのをT次点、2点のT次点から定めたのをU次点といい、以下同様です。一般に低所にある三角点のほうが次数が少なく高所の三角点が次数が多いようです。そのため標高の精度も低所よりも高所の三角点が悪いといえます。高度角観測でつぎつぎ三角点の標高を決めていくと誤差が累積されるのでZ次点が限度のようです。三等三角ではすべての三角点が直接水準測量で決めた点から数えて8番目以内に収まっています。
間接水準測量では実際は地球が丸いことや地球の中心と重力の中心が異なることから視準点の高さによる補正や鉛直線偏差による補正をしなければならないので右の図のように簡単には表せません。国土地理院の「精密測地網二次基準点測量作業規程」によれば三角点の標高について目標精度は5センチメートルになっていますが、これは2点間の比高測定の相対的精度であって三角点の標高値としては10〜20センチメートル程度の誤差はあります。[国土地理院:日本の山岳標高一覧 日本地図センター 1991]
三角点の標高を定めるための、もととなる水準点は戦前は二等水準点として設置されましたが二等水準点は1906年(明治39)までは標石を埋設せずに標杭や神社の石垣が利用されました。いずれにしても戦前のことであり現行の二等水準点は1965年(昭和40)から一等水準点とおなじく主要道路に沿い設置され使用目的がかわりました。
標高は地形図では四捨五入して10センチメートルの桁まで表示されています。二十万分の一地勢図ではメートルの桁まで整数表示されます。ただし1960年代の五万分の一地形図では整数表示されていたこともあります。また2002年(平成14)3月末までの基準点成果表にはふつう小数以下2桁(センチメートル単位)で記載され測標水準測量の場合は小数以下3桁(ミリメートル単位)になっていましたが(大阪城、筑波原点、御苑などの例)現在その区別ははっきりしていません。
三角点の標高は明治時代の測量で決定されて以来、改測がされても従来の三角点の成果と大きく違わなければ改訂されていません。一、二等だけ改測して三等をしない場合、前者のみ更新すれば三角点相互の関係が崩れるからです。どちらが高いといえなくなります。しかし近年、GPSや重力観測などの新しい測量技術に合致した成果値に改定されつつあります。2008年(平成20)には北海道全域がまた翌年には紀伊半島地域が改定されています。新しい標高は電子基準点や水準点の標高成果と整合させた成果値です。
標高の基準・ジオイド
日本の標高は現行では東京湾の平均海面を基準として標高ゼロメートルと決まっています。水準原点については測量史のところで説明します。地球の表面には高い山や深い海溝がありますが地表の約70パーセントの面積を占める海面は地表面にくらべて凹凸がすくなく球に近い面をつくっています。この面は地球の平均的な形を表すと考えられます。全地球的な平均海面を陸地に延長したと仮定すると地球は連続した海面で覆われることになります。この仮想的な平均海面を測地学ではジオイドといいます。「平均海面を陸地に延長した」というところが少々難解ですが、かりに山の下までずっとトンネルを掘って海水を導入したときの高さがジオイドなのです。ジオイド(geoid)とは地球に似た形という意味です。
ジオイドは本来、地球の重力が同じところを結んだ面(等重力ポテンシャル面)ですからこの面では水はどちらにも流れません。ジオイドは海面にちかい面ですが大きな山の下などでは引力の影響をうけるので平均海面とは微妙に異なります。日本では東京湾の平均海面がジオイドと一致するものとし標高の基準面に定めています。国土地理院の地形図や成果表にある標高はジオイドから地表までの高さです。測地学では正標高といいます。ついでながら成果表に見られるジオイド高というのは地球楕円体(地球を回転楕円体としてモデル化した形状)の表面からジオイドまでの高さです。したがって回転楕円体の上の高さである楕円体高は 楕円体高=ジオイド高+標高 になります。
直接水準測量で決めた高さは楕円体面でなくジオイドからの高さです。直接水準測量は水準儀をおいた観測点をとおる同じ高さの水平面からのずれ(比高)を決めるもので、水平面はジオイドに平行ですから、これで求めた高さはどこでもジオイドからのへだたりになっています。一方、間接水準測量の場合は三角測量の高度角観測によって標高を決定します。しかし観測地点での鉛直線の方向が厳密に地球の中心を示さず質量の大きい側にわずかに傾いており鉛直線偏差が生じているので補正をする必要があります。さらにジオイドの凹凸の分の補正もいります。実際はこれらの補正は省略しており理論的厳密さに欠けています。[鈴木弘道:山の高さ 日本測量協会 1993 p190]
GPS測量では、まず地球の重心を原点0にとった「地心直交座標系」(または「地球重力系」といいます)で位置ぎめをします。原点0で互いに直交するX・Y・Zの3つの軸をもつ座標系のことで、X、Y、Zの位置を測って数学的に整った回転楕円体の上の高さを計算します。これを「楕円体高」いいます。GPS測量では海面やジオイドとは無関係に高さを計算するのでジオイドから測った「標高」は求まりません。現在、国土地理院では未知点の標高の算出は水準測量による既知点の標高に未知点と既知点のGPSによる楕円体高の差を加えた値としているようです。
ジオイドは重力がつくる等ポテンシャル面のひとつです。したがって地球表面全体での重力の分布が分かればジオイドの形を決めることができ、面的に決定される形は,重力ジオイドモデルと呼ばれます。かつて日本では標高の測定に際し重力の補正は簡易におこなわれ観測点の実測重力値のかわりに準拠楕円体によるモデルの値が採用され求められた高さは「正規正標高」と呼ばれていました。しかし近年、全国的に高密度で観測された重力値が整備され2002年(平成14)には「測量成果2000」が公表され一層、厳密な標高が得られるようになりました。
地形図には必ず標高の説明がついています。わたしの手元にある地形図の例ではつぎのとおりになっています。
明治22年測量、明治25年出版 二万分の一「京都」(假製図)
高程ハ大阪灣ノ中等潮位ヨリ起算シ米突ヲ以テ之ヲ示ス
(米突はメートルのこと)
明治42年測量、大正元年発行 二万分の一「京都北部」(正式図)
高程ハ東京灣ノ中等潮位ヨリ起算シ米突ヲ以テ之ヲ示ス
(この地図から現行の三角点や水準点の記号が採用されました)
大正2年測圖、大正3年発行 五万分の一「京都東北部」
高程ハ東京灣ノ中等潮位ヨリ起算シ米突ヲ以テ示ス
昭和25年応急修正、昭和26年発行 五万分の一「京都東北部」
平成5年修正 平成6年発行 五万分の一「京都東北部」ともに
高さの基準は東京湾の平均海面
わが国の一等水準測量が参謀本部測量課により1883年(明治16)に東京周辺から開始され、そのご全国に拡大され1913年(大正2)に第1回測量をほぼ完了しています。上の例の場合二万分の一地形図「京都」の測量された1889年(明治22)当時は関西では東京湾の中等潮位基準による標高の決定がまだできなかった状態でとりあえず大阪湾の中等潮位基準で高さを決めておき同一水準点の東京基準での標高が決まったところで、すべてを修正することにしたと思われます。当時の中等潮位の測量は現地の海浜から100メートル先の海底に海潮尺を立て満潮と干潮の高さの中数をとりました。[国土地理院:測量・地図百年史 1970]
わが国各地の平均海面はすべて同じではありません。地球の自転による見かけの力(コリオリの力)により日本海側は太平洋側に対して10〜25センチメートル高く北海道は東京湾に対して3〜19センチメートル高く九州、四国南・西部は東京湾に対して5〜7センチメートル低くなっています。[月間JMCニュース 日本地図センター No.37 2001年10月]
話はすこし離れますが青函トンネルは1985年(昭和60)に貫通したのですが、じつは先進導坑というのが1983年(昭和58)に貫通しており、このとき真っ先に水準測量がおこなわれました。それまで北海道の水準点の標高は津軽海峡越えで経緯儀による高度角測定法で本州の水準点と関係づけられていました。1903年(明治36)に下北半島大間崎と亀田半島汐首岬間の津軽海峡で測定され「東京湾の平均海面」を北海道に移すことができました。その後なんども改測されましたがトンネルができたことで直接精度のよい水準測量が可能になりました。国土地理院では日本鉄道建設公団が行った水準測量(公共測量)の観測値を採用して本州と北海道を結びました。青函トンネル内には国土地理院の水準点(国家基準点)はなかったのですが2003年(平成15)、トンネル作業坑に一等水準点が14点が設置、観測されました。
水準路線
一等水準路線
一等水準点で構成されますが基準水準点、準基準水準点、一等水準交差点、一等験潮場附属水準点、一等渡海水準点、一等道路水準点などと名称のあるものも一等水準点に含まれます。標識はいずれも原則として一等水準点の文字が刻字されています。水準点間の高さの差を測ることを水準測量、その観測路線を水準路線といいます。全国の国道または主要地方道に沿い路線長は400キロメートルを標準とし測量精度は水準点間を往復観測した場合に2.5mm√S(Sは距離)です。距離1キロメートルで2.5ミリメートルになります。一等水準路線はほとんど明治時代に構築されています。
二等、三等水準路線
それぞれ二等、三等水準点で構成されますが二等渡海水準点、二等道路水準点などと名称のあるものも二等水準点です。二等の場合測量精度は5mm√S(Sは距離)です。三等の場合は10mm√Sですが国土地理院では現在は実施されてないようです。
水準点には基準水準点のほかに一等から三等水準点の4種類あります。2007年(平成19)3月末現在の点数はつぎのとおりです。三等水準点は統計が得られませんので不明です。
基準水準点 86点
一等水準点 14,623点
二等水準点 3,821点
合計 18,530点
水準点の最も多い府県は北海道で全国の14パーセント、2,665点もあります。ついで静岡県、新潟県になります。最も少ないのは佐賀県の122点です。 三角点の数はおおよそ面積に比例しますが水準点は主要道路に沿って設置されることが多いため、その路線長に比例します。
わが国最高・最低の水準点
わが国で最高所と最低所にある水準点はつぎのとおりです。
最高所:1,672,4739メートル
(岐阜、野麦峠 一等水準点第971号)
最低所:−256,5674メートル
(青函トンネル作業坑 一等水準点第11379号)
最高所の野麦峠は国道上にあり積雪期でなければ容易に見ることができます。かつては野麦峠よりも高い標高の水準点がありました。福島、栃木の県境で尾瀬沼の東にある引馬(ひきま)峠には二等水準点「徳24号」、1895.460メートルがあり、いまは廃点になっていますが2007年(平成19)8月栃木県在住の中村宏さんによって残存が確認されました。上面に球分体がなく刻字は「二等水準點」と縦書き一行で非常に珍しいものです。当時さらに高い水準点があったかもしれません。同種の標石は引馬峠と同じ水準路線で2、3見つけれれているほか国土地理院本院屋外にも撤去品ですが1基「福24号」(元位置:群馬縣利根郡川場村川場湯原 1206.3メートル)が展示されています。[陸地測量部:三角及水準測量成果摘要 第十一巻 1917 p202][中村宏:日本最高所の水準点 引馬峠水準点「徳24号]発見 かわら版 岳人 724 2007.10 中日新聞東京本社 p187]
特殊な事例では浅間山(2568メートル)での火山活動観測のための水準点があります。1935年(昭和10)頃、東京大学地震研究所の委託により陸地測量部が水準測量路線を設定し測量を実施しています。この路線は軽井沢の峰の茶屋、一等水準点第10823号から分岐し前掛山(2493.4メートル)の三角点付近を越して小諸から軽井沢まで環状になっていました。火山活動観測のためで野麦峠や引馬峠の水準点とは設置目的が異なりますが両峠よりも遥かに高い2400メートルを越える地点にも水準点があったようです。この路線の標識は標石、金属標、岩石取付けの円頭鋲、コンクリート柱などがありましたが残存しているかは不明です。この路線の一部は現在、立入り禁止になっているようです。[小宮豊隆編:寺田寅彦随筆集 第五巻 小浅間(東京朝日新聞 1935年9月 掲載)岩波文庫 1948 p216][土橋忠則:浅間山ふんせん記 測量 昭和48年9月号 日本測量協会 1973 p20]
また北海道で最高所の水準点は一等水準点第8462号、1037.8860メートルで浜益町雄冬(おふゆ)の東、浜益・増毛間の集落を結ぶ増毛山道(ましけさんどう)上で浜益御殿山頂直下にあります。増毛山道は集落間の航路が整備されたり海岸沿いに国道ができたりで1960年(昭和35)ころから廃道になり地形図からも消滅しましたがこの水準点は残存しているようです。[高桑信一:北海道増毛山道 岳人 677 2003.11 東京新聞出版局 2003]
問題は最低所なのですが2003年(平成15)に青函トンネル内に水準点が設置されるまでは関門トンネル門司立坑の一等水準点第2−534号、−47.8929メートルが最低でいちどチャレンジしてみました。関門トンネルは上が車道、下が歩道の2階建になっています。門司側の歩道入り口からエレベーターで入りましたが水準点は車道にあるので行けません。あらためて車で入りました。水準点は料金所から1.5キロメートル地点で非常電話のそばにある金属標であることはわかっているのですが車を止めることができませんので結局、通過するだけになりました。なお2003年(平成15)に青函トンネル内に水準点が設置され翌年、測量成果が公表されました。最低点は一等水準点第11379号で−256.6メートルです。わたしは2004年(平成16)6月にJRの見学コースで竜飛海底駅近くの一等水準点第11371号をみましたが−134.3メートルで最低点よりはるか高い位置でした。