日本の内務省が明治初期に設置した几号水準点は英国の水準点がモデルになっています。初期の水準測量もお雇い英国人技師の指導によっておこなわれました。英国では現在でも同じものがつかわれています。わたしは現物を見ておりませんが几号のルーツを調べるため英国測量局(Ordnance Survey)からもらった資料にもとづいて説明します。
現行の水準点の構造
英国の水準点は近年は金属標やリベットが多く岩盤やビルの基礎、階段などに見られますがビルの垂直面や橋梁、道路標、三角点標柱などには日本の几号と外観が同様なものがつかわれています。右の図はその一例ですが正面には明らかに不の字が見えます。OSBMというのはOrdnance Survey Bench Markの略です。三角点はTriangulation Stationで水準点はBench Markと呼称されます。
上の例では既存の壁などに埋め込まれたブラケットと呼ばれる板に彫られた不の字の横棒とその上の四つの窪みに標尺を取り付ける支持器具をはめ込み側面図ではこの支持器具を取り付けた状態を示しています。取り外し可能な支持器具には小さな平板がありその上に水準器が載っていますが水準器を見ながら下のハンドルをまわし水準を合わせるものとおもわれます。ブラケットは18×9センチメートルの真鍮でできており不の字の大きさは横棒が3センチメートル程度です。下の例では水準儀と標尺を載せる水平盤が左端の棒によって支えられています。いろいろタイプがあります。
古い水準点の刻印
右の図は19世紀なかばから使用された水準点の刻印ですが現在でも使用されています。大きさは10センチメートル四方に収まっており彫りの深さは1.2センチメートルです。これより大きいものもあるそうですが一応日本でみられる几号とサイズは同じでしょう。中央の棒下端は左右の「ハ」の字の開きの下端よりも低くなっています。しかし日本の場合は同一水平線上になっています。1840年から1860年までに設置されたものには不の字の横棒の中央または不の字の外側に銅のボルトを打ち込んだものがあります。いずれにしても水準点の正確な位置はV字型に彫り込んだ横棒の中央です。右の図の左端の記号は垂直面に設置されるものですが、中央の図は水平面に設置され中央の丸い位置には真鍮か鉄のリベットが打ち込まれています。リベットの替わりに穴があいているだけで測量時にボールベアリングをはめるタイプもあります。また右端の図は水準点としての機能を無効にさせる場合に追加刻印されます。このほか一部の炭田地方で見られる不の字を丸で囲んだ永久標識もあります。
実用されている水準点
英国測量局Ordnance Surveyのご好意により英国で実際につかわれている水準点の写真をいただきました。上の写真は壁に几号が刻印された古いタイプで下の写真は三角点標石と一体になっており、その下部にブラケットという几号を彫りこんだ金具が取り付けられています。
この写真はOrdnance Survey(C454, Romsey Road, SOUTHAMPTON, United Kingdom, SO16 4GU)の許可を得て掲載していますので複製、転用はできません。
ベンチマークの語源
英国で最も権威あるブリタニカ百科事典で"Bench Mark"(水準点)をしらべたところ語源とおもわれることがわかりました。
BENCH MARK The name is taken from the "angle-iron" which is inserted in the horizontal incision as a "bench" or support for the levelling staff. The mark of the "broad arrow" is generally incised with the benchmark so that the horizontal bar passes its apex. [Encyclopedia Britanica 1958 p393]
ベンチマークというのは不の字の横棒に取り付ける標尺支持の角材が座るベンチのようだからです。不の字の下の部分も「広幅の矢印」とうまく表現されています。
オーストラリアの水準点
もともと几号水準点の発祥の地は英国ですから英連邦内にもあるのではと思っていたところ東京のMさんからの知らせでオーストラリアにあり、それもシドニーのオペラハウス前の分かりやすい位置で見られるとのこと。わたしは2005年(平成17)1月に現地で確認してきました。
設置場所は港に面した有名なオペラハウスの南真向かいの丘が公園になっており、石造りの階段をのぼると公園に隣接した旧州総督官邸への道につながっています。この階段の北側の2本の柱のうち東(向かって左)の柱基盤石に几号があります。
この位置から西へ徒歩30分程度のところの高台に、いまは使われなくなったシドニー天文台があり子午儀をはじめ古い三角点や子午線標を見ることができます。
几号の大きさは縦棒が9センチメートル、地上高さは21センチメートルありますが横棒の位置で、ちょうど段になっており横棒そのものは見られません。縦棒と「ハ」の字の交点には金属のボルトが打ち込まれていました。また几号の上の柱側面には「BM386」の刻字があります。「386」の数値が標高を表すのか位置を示す番号なのかはわかりません。英本国でも几号が水平面に設置される場合は横棒がなく中央にボルトが打ち込まれています。
ケニアの水準点
アフリカ東部のケニア共和国も元英国の保護領であり几号の名残りがあります。写真は国際協力事業団(現国際協力機構JICA)の専門家としてケニア測量局におられた宮崎清博さんから提供していただきました。(写真の転用不可)「不」の字が「BM」の表示板に描かれていますが水準点を表す単なる記号で白い表示板のすぐ上に突起があり(写真には写っていません)そこに水準標尺を載せて観測します。3946.86の数値はフィートで標高を表しています。ケニアの水準点は鉄道の駅に設置されており道路には日本の プロジェクトで設置されたものがあります。(以上宮崎氏談)[宮崎清博:ケニアでの暮らし 「地図中心」404号 日本地図センター 2006.5 p22]