業界では航空写真といわれることが多いようですが国土地理院では空中写真といいます。航空機が進歩するまで気球で写真測量をしたこともあったからでしょうか。1923年(大正12)に初めて実用目的の空中写真が撮影され1927年(昭和2)には豊橋近郊の地形図の修正に利用されました。戦中、戦後の一時中断されましたが1952年(昭和27)に再開されています。空中写真はすべて公開されており閲覧は無料で複製は有料で入手可能です。隣り合う写真の被写体の範囲を60パーセントずつオーバーラップして、またコース間は30パーセント、オーバーラップして撮影しますので膨大な枚数になります。
上の方の写真は国土地理院に展示している旧式の測量用航空機「くにかぜ」でビーチクラフト65を原型とする小型双発機です。乗員は5名、全長10.2メートルで高度8600メートルまで飛行することができます。機体には精密なカメラや磁気測量器械を搭載しており1983年まで運用されたました。飛行実績は総7600時間、総飛行距離は22万キロメートルでした。後継機として同じくビーチクラフトのUC−90が「くにかぜU」として登場しています。
飛行高度は目的とする地図の縮尺によって変わりますが二万五千分の一用の写真ならば6000メートルの高度になります。カメラ(右の写真 WILD RC9型)はレンズの直径が30センチメートル、固定焦点でフイルムは幅24センチメートル、長さは60メートルあります。最近では10センチメートル単位の画像解析が可能なデジタルマッピングカメラも用いられ、さらに航空機からレーザーを地上に反射させ数値情報による地図も試みられています。
国土地理院の航空機は海上自衛隊の徳島教育航空群第202教育航空隊で運用されています。この航空隊はパイロットの養成が主な任務なのですが国土地理院や陸上自衛隊の中央地理隊の要請にこたえて航空写真測量をやっています。(2000年4月時点)なお中央地理隊は立川市の東立川駐屯地にあり昔の参謀本部陸地測量部とは異なり作戦の立案や演習などに適した地図を独自につくっています。中央地理隊は2007年(平成19)から中央情報隊に組織変更されました。
右の写真は空中写真のために三角点の標石上に立てられた対空標識です。上空から三角点の標石を撮影しても小さ過ぎて判りにくいために、このような標識を立てます。標識はこのほか、いろいろな形状のものがあり地上にあるものは地上点、樹木の上に取り付けたものは樹上点といいますが既存の三角点も含め地上座標の明らかになっている点を標定点といいます。標定点は写真を地上の特定位置に合せるための標識です。またこれらの標識だけでなく精度向上のため写真上に地上の位置と関連をもったパスポイントと呼ばれる点を求めて利用します。最近は航空機にGPS受信機と慣性計測装置(IMU=Inertial Measurement Unit)を搭載してカメラの正確な位置と傾きを求められるようになりました。これにより従来の対空標識は不要になります。
民間でも古くから航空写真による地図が作成されています。日本最古の航空写真地図は1933年(昭和8)博文館が刊行した「大東京鳥瞰写真地図」で日本空中作業合資会社が撮影しています。
これは2004年(平成16)海上保安庁の海洋情報資料館でみつかりました。[日経新聞:日本最古の航空写真地図 日経新聞 2004.7.3]