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荒川上流の水準点

水準点は道路に沿って設置されることが多いのですが河川工事や保守のため河川に沿って等間隔に設置され河床の深さなどを測量することもあります。現在、一級河川には河口からの距離が一定間隔で表示されていますが水準点ではありません。荒川の改修は長年継続して行われていますが1930年(昭和5)の改修では「荒川上流水準基標」として北吉見村はじめ15箇所(うち2箇所は荒川支流の入間川)に設置されている記録があります。また当時の水準測量成果も残されています[建設省関東地方建設局荒川上流工事々務所:荒川上流改修六十年史 1979 p428][荒川上流改修事務所:荒川上流精密水準測量成果表 内務省東京土木出張所 1930 p1−35]

「荒川上流水準基標」は各所で見られ、いずれも几号が刻印されています。標石の上面が丸みをもっていることから標尺はこの標石の上面に載せ「不」の字に取り付けたものではなさそうです。この几号は単に水準点のシンボルとして刻印されたと推測されます。荒川流域には「荒川上流水準基標」以外にも内務省、埼玉県などが設置した標石が多くあります。わたしの探索したかぎりでは荒川の標石はつぎの形式に分類することができます。

形式1: 几号付き、B.M.番号、昭和五年、荒川または入間川、内務省の刻字がある標石(荒川上流水準基標)
形式2: 大きい球分体付き、BM、下段に番号、内務省の刻字がある標石
形式3: 内務省、数値が上下二段に刻字がある標石、本来は河口からの距離を示す距離標で丁杭(ちょうぐい)ともいわれますが水準測量にも利用されます。
形式4: 埼玉の刻字がある標石(埼玉県が設置)
形式5: そのほか

これらの標石の探索については埼玉に在住の飯島仁さんに懇切なご教示をいただきました。

赤羽 諏訪神社の基標 (BM1 几号あり 荒川右岸)

地図:赤羽

JR北赤羽から南へ緩い坂を10分ほど登りきったところに諏訪神社があり所在地は東京都北区赤羽北3−1−2になります。本殿の南、絵馬掛けの前に水準基標が見られます。

標石は花崗岩で大きさは一辺20、高さ25センチメートルあり一辺60、地上高さ15センチメートルのコンクリート基礎に埋め込まれています。さらに周囲1メートル四方の四隅には一辺15、地上高さ30センチメートルのコンクリート柱が立っています。刻字は東面「昭和五年」、南面は几号と「B.M.1」、西面「荒川」、北面「内務省」になっています。

水準基標の背後には「奉納」の刻字がある手水鉢がありますが、この北面には「天保八酉年」とありました。諏訪神社の祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)で1369年(応永3)に創立されたそうです。

朝霞市下内間木 氷川神社の基標 (BM4 几号あり 荒川右岸)

地図:志木

JR北朝霞から東へ3キロメートル、朝霞パブリックゴルフ場のすぐ西、下内間木(しもうちまき)集落に氷川神社があり本殿東の集会所前に水準基標が見られます。

標石は花崗岩で大きさは一辺20、高さ20センチメートルあり一辺60、地上高さ8センチメートルのコンクリート基礎に埋め込まれています。さらに周囲1メートル四方の四隅には一辺15、地上高さ30センチメートルのコンクリート柱が立っています。刻字は東面「昭和五年」、南面は几号と「B.M.4」、西面「荒川」、北面「内務省」になっています。

さいたま市西遊馬 氷川神社の基標 (BM5 几号あり 荒川左岸)

地図:与野

JR川越線指扇から南へ1.7キロメートル、さいたま市西区西遊馬(にしあすま)の馬宮東小学校南東に氷川神社があり本殿西の集会所裏に水準基標が見られます。

標石は花崗岩で大きさは一辺20、高さ20センチメートルあり一辺60、地上高さ10センチメートルのコンクリート基礎に埋め込まれています。さらに周囲1メートル四方の四隅には一辺15、地上高さ30センチメートルのコンクリート柱が立っています。刻字は東面「昭和五年」、南面は几号と「B.M.5」、西面「荒川」、北面「内務省」になっています。

上尾市平方 橘神社の基標 (BM7 几号あり 荒川左岸)

地図:上尾

荒川にかかる開平橋から北東500メートル、上尾平方郵便局の北に村社、橘神社があり本殿南東のべンチ横に水準基標が見られます。一辺60、高さ70センチメートルの大きなコンクリート塊の上に標石があり全体が倒置された状態になっています。標石の上面は南に向いています。

標石は花崗岩で大きさは一辺20、高さ21センチメートルあり刻字は倒置された位置で上面「内務省」、東面「昭和五年」、下面は几号と「B.M.7」、西面「荒川」になっています。下面はカメラを手探りで入れ撮影したので肉眼で確かめたわけではありません。

この標石の元位置は本殿の西にあったことが当時の水準測量成果でわかります。[荒川上流改修事務所:荒川上流精密水準測量成果表 内務省東京土木出張所 1930]

桶川市川田谷 金毘羅祠の基標 (BM9 几号あり 荒川左岸)

地図:鴻巣

JR高崎線桶川の西5キロメートルに位置し、城山公園の北西1キロメートル、桶川市川田谷7424にあるS食品会社前の金毘羅祠鳥居前に水準基標が見られます。桶川市の循環バス西20で「前原」停留所を西へ50メートル入ったところです。

標石は花崗岩で大きさは一辺20、高さ20センチメートルありコンクリート基礎に埋め込まれています。さらに周囲1メートル四方の四隅には一辺15、地上高さ30センチメートルのコンクリート柱が立っています。刻字は東面「昭和五年」、南面は几号と「B.M.9」、西面「荒川」、北面「内務省」になっています。

川島町下小見野 氷川神社の基標 (BM10 几号あり 市野川右岸)

地図:東松山

川島町とその北の吉見町との境にある荒川支流市野川にかかる徒歩橋南西に氷川神社があり、本殿北西隅から西2メートルの位置に水準基標が見られます。この奥はフェンス越しにゲートボール場があります。

標石は花崗岩で大きさは一辺20、高さ15センチメートルあり、大部分埋没しています。保護用コンクリート柱は標石東に2個残っています。刻字は東面「昭和五年」、南面は几号と「B.M.10」、西面「荒川」、北面「内務省」になっています。

鴻巣市滝馬室 氷川神社の基標 (BM11 几号あり 荒川左岸)

地図:鴻巣

JR鴻巣、南西1.5キロメートルの御成橋東南、滝馬室(たきまむろ)に氷川神社がありますが、その社務所前で「伊勢太々神楽奉奏記念碑」の南2メートルの位置に水準基標が見られます。

標石は花崗岩で大きさは一辺20センチメートルあり地上には、標石頭部が5センチメートルほど露出しているだけです。標石周囲をすこし掘ってみると刻字は東面「昭和五年」、南面は几号、西面「荒川」、北面「内務省」になっています。南面の几号の下は土が固く確認できませんでしたが公文書から「B.M.11」になっていることがわかります。[荒川上流改修事務所:荒川上流精密水準測量成果表 内務省東京土木出張所 1930]

この氷川神社には6世紀末、坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)によって退治された悪竜(大蛇)の頭が境内に埋められているといわれ例年1月12日に蛇の目を描いた的を射る、的(まと)祭りの神事が行われます。

吉見町一ツ木 荒神社の基標 (BM12 几号あり 荒川右岸)

地図:東松山

埼玉県の大宮と熊谷間にあるJR鴻巣(こうのす)駅の西4.5キロメートルに位置し荒川の右岸にある運動公園の北にあたります。吉見町大字一ツ木といわれる集落にある荒神社境内に設置されています。神社本殿の向かって右に荒川改築記念碑があり、その手前に几号の刻印された水準基標、さらに2メートルはなれた手前に埼玉県が設置したと思われる水準点があります。この水準点の周囲には保護石がありますが、両標石の間の水準基標よりに粗雑なコンクリートの塊がありますが何かわかりません。基標の保護石かもしれません。境内一帯は、いちょうの落ち葉が散り敷いていました。

水準基標は一辺20センチメートルの四角柱で上面全体にふくらみがあります。標石全体がほとんど地中にあるため周囲の土を掘り刻字を確かめました。南面は「不」が刻印されており、その下に「BM12」と刻字、東面は「昭和五年」、北面は「内務省」、西面は「荒川」とすべて左書きの刻字が確認できました。「不」の字の横棒は6.5センチメートル、縦棒は4センチメートルあります。

吉見町基標に隣接した水準点 (几号なし 荒川右岸)

地図:東松山

水準基標に隣接して、もう一つ水準点があります。一辺15センチメートルの四角柱で上面に球分体がありますが四隅の角がまるく隅切りされています。

南面は「埼玉」でこの下の字まで確認できませんでした。東面は「九」、北面は「字大 廿」、西面はなにもありません。さらに掘ると刻字が現れる可能性があります。北面の「字大」は右から読むと「大字」になりますから右書きということならば左書き刻字の水準基標よりも古い標石と考えられます。

川本町菅沼 菅沼天神社の基標 (BM13 几号あり 荒川左岸)

地図:三ヶ尻

秩父鉄道明戸から南西へ1.5キロメートルの荒川堤防の手前に川本町菅沼の集落があり、この水準点は菅沼天神社境内で本殿南西にある畑との境界付近にあります。

水準基標の形式は吉見町一ツ木とまったく同じで一辺20センチメートル、地上高20センチメートルの四角柱で上面全体にふくらみがあります。保護石として周囲に4個のコンクリート塊があります。南面は「不」「BM13」が東面は「昭和五年」、北面は「内務省」、西面は「荒川」とすべて左書きの刻字です。

川本町基標に隣接した水準点 (几号なし 荒川左岸)

地図:三ヶ尻

この水準点も吉見町の場合と同じように基標に隣接して(10メートル西)あります。一辺15センチメートル、地上高10センチメートルの四角柱で上面には球分体があります。南面は埼玉の「埼」、東面は「一」、北面は「△大」(△は判読不能)、西面はなにもありません。

川越市福田 赤城神社の基標 (BM2 几号あり 入間川右岸)

地図:川越北部

JR川越から北へ6キロメートル、入間川にかかる落合橋南200メートルのお寺、星行院に隣接した赤城神社境内の火の見櫓の北10メートルに「入間川」の刻字がある水準基標が見られます。

標石は花崗岩で大きさは一辺20、高さ20センチメートルあり一辺60、地上高さ12センチメートルの刻字は東面「昭和五年」、南面は几号と「B.M.2」、西面「入間川」、北面「内務省」になっています。「荒川」の刻字のあるものは多数ありますが「入間川」は珍しいものです。

川島町出丸 赤城神社の標石 (几号なし 荒川右岸)

地図:上尾

荒川にかかる太郎右衛門橋の南、右岸にホンダエアポートがあります。堤防の西には本田航空の事務所と広大な駐車場があり南に隣接して赤城神社の森が見えます。この神社の本殿前で本殿と鳥居の中間にある北側(本殿に向かって左)の灯篭の傍に標石が見られます。

標石は花崗岩で大きさは一辺15、地上高さ13センチメートルあり上面には直径9センチメートルの球分体があり刻字は南東面「内務省」、北西面「BM 13」になっています。

この神社は集落から離れているようですが地元の鎮守で社殿も近年建て替えられ手入れが行き届いています。

北本市高尾 阿弥陀堂の標石 (几号なし 荒川左岸)

地図:鴻巣

JR高崎線北本から西へ2.5キロメートル、荒川に面した「さくら公園」の東にある阿弥陀堂境内、社務所前に見られます。所在地は北本市高尾六丁目366で、このお堂の周囲は墓地になっています。

標石は花崗岩で大きさは一辺15、地上高さ8センチメートルあり上面には直径9センチメートルの球分体があり刻字は南面「内務省」、北面「BM 11」(上下2段、「B」は欠け)になっています。標石上面の北東角は欠けています。

鴻巣市御成橋北の標石 (几号なし 荒川左岸)

地図:鴻巣

JR鴻巣、南西1.5キロメートルの御成橋左岸堤防東に稲荷神社がありますが、その上の鳥居と民家の間にある道路際の畑に内務省標石があります。

標石の大きさは12センチメートル角、柱長23センチメートルで、上面全体に、ふくらみがあります。標石の刻字は南面は「内務省」、北面は「16」「6」と二段に彫られています。東西両面には刻字は見られません。この位置から荒川の河川敷が見下ろせます。正確な所在地は鴻巣市滝馬室(たきまむろ)1131番地27です。

熊谷市旧荒川堤の標石 (几号なし 荒川左岸)

地図:熊谷

JR熊谷駅南口の東南、徒歩5分のところに万平公園があります。戦後まもなく壊された旧荒川堤防が100メートルほどこの公園に残っています。堤防の東端近く「名勝熊谷堤」の碑の筋向い、街路灯の下に内務省の標石があります。

標石の大きさは12センチメートル角、柱長26センチメートルで、さらに荒けずりの角柱部が地表から16センチメートル露出しています。したがって角柱上面までの地上高は42センチメートルになります。上面全体に、ふくらみがあります。標石の刻字は東面は「内務省」、西面は「19」「30」と二段に彫られ北面と南面は損傷しており文字があるのかどうかも不明です。

19、30の刻字は河口から19里30町(約78キロメートル)の意味で、現在の一級河川標識のように一定間隔で堤防上に設置されていたのではないかと思われます。1930年(昭和5)の水準測量記録には大里郡熊谷町左岸19/30の位置で31.6645メートルとあります。[荒川上流改修事務所:荒川上流精密水準測量成果表 内務省東京土木出張所 1930]

深谷市植松橋北の標石 (几号なし 荒川左岸)

地図:三ヶ尻

秩父鉄道武川(熊谷のつぎ)のすぐ南、荒川にかかる植松橋の北には川本中学校がありますが校舎北西にある農家温室西の畑に縁石として横倒しで使われている標石があります。

標石の大きさは12センチメートル角、柱全長126センチメートルで、そのうち荒けずりの角柱部は94センチメートルあります。上面全体に、ふくらみがあり刻字は「内務省」、裏面は「22」「24」と二段に彫られています。22、24の刻字は河口から22里24町(約90キロメートル)の意味で1930年(昭和5)の水準測量記録には大里郡武川村(貴船)大字田中の左岸22/24の位置で62.5282メートルとあります。[荒川上流改修事務所:荒川上流精密水準測量成果表 内務省東京土木出張所 1930]

わたしが探訪に行ったときには、ご親切な畑の持ち主がスコップで掘り起こしていただきました。かつて「六堰」といわれる隧道の用水路があり、これにも利用されたのではないかとの話がありました。

深谷市植松橋南の標石 (几号なし 荒川右岸)

地図:三ヶ尻

荒川にかかる植松橋の南にも対岸と同じ標石があります。橋の西「サンコーポラスかわもと」の北東には水神が祀られていますが、その筋向かいの畑の端に見られます。所在地は深谷市(元は川本町)畠山です。

標石の大きさは12センチメートル角、柱長32センチメートルで、さらに荒けずりの角柱部が地表から10センチメートル露出しています。したがって角柱上面までの地上高は42センチメートルになります。上面全体に、ふくらみがあり刻字は東面は「内務省」、西面は「22」「24」と二段に彫られています。

水神の説明板によると昭和初期までは、この荒川の川瀬で水車をまわして小麦粉をひくために20隻にもおよぶ船車がありました。また鵜飼や投網などによって魚をとり生活していた人たちや秩父からの材木を江戸に筏ではこんだ筏師たちも多かったそうです。

吉見町大和田 さくら堤公園の高低基標 (几号なし 荒川右岸)

地図:東松山

荒川にかかる御成橋の南西1.5キロメートルの地点ですが荒川とその支流である文覚川との間の堤防で「さくら堤公園」呼ばれていますがその北端近くの堤防西側に見られます。

標石の大きさは15センチメートル角、柱長30センチメートルで、さらに荒けずりの角柱部が地表から50センチメートル露出しています。したがって角柱上面までの地上高は80センチメートルになります。上面には直径5センチメートルの球分体があり刻字は東面は「高低」(右横書き)「基標」(縦書き)、東面は「四六」、西面は「埼玉縣」と彫られています。

さいたま市与野 妙行寺の水準基標 (几号あり 荒川左岸)

地図:浦和

この水準点は荒川から東に2.5キロメートル離れているので荒川の一連の水準点とは関係がないかもしれません。埼京線南与野の北西600メートルのところ、さいたま市鈴谷四丁目14の妙行寺金毘羅天堂境内にある大カヤの木の南西に標石があります。

一辺20センチメートル、高さ23センチメートルの角柱で上面中央には球分体があります。柱石は60センチメートル角、地上高さ5センチメートルのコンクリート基礎に載っています。南面(正面)は「不」の刻印と「NO 5」、西面は「水準基標」、東面は「與野町役場」の刻字があり、北面はなにもありません。

與野町は1889年(明治22)に発足し、1958年(昭和33)に与野市、2001年(平成13)さいたま市に併合されています。大カヤの木は樹高21.5メートル、推定樹齢約1000年で1932年(昭和7)天然記念物に指定されています。

さいたま市与野 JR与野近傍の水準基標 (几号あり 荒川左岸)

地図:浦和

JR東北本線与野西口に隣接するローソンの南、一筋目を西へ曲がり最初の信号がある三叉路の南東にある駐車場角に見られます。南40メートルのMIBスピカビルの向い駐車場2ヶ所の南の方です。

標石は一辺20、地上高さ18センチメートルの角柱、上面には直径7センチメートルの球分体があり西面は几号と「NO.6」の刻字があり、南面は不鮮明ですが「與野町役」のように読めます。北面上辺は破損、この標石の南西68センチメートルに、さいたま市の境界標(金属標)があります。


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